《古書・古本の出張買取》 ロバの本屋・全適堂 の日記
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『太田文萌集(自註現代俳句シリーズ九期31)』より
2017.02.06
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春の夜や僅かの用を持ちて訪ふ
たたまれて棒となりたる古簾
鉾高し子の目の高さより仰ぎ
泳ぎ子の流るる先に父が待つ
少年の眼が仙人掌のかげにあり
美しく老いて弔問秋深し
角切らる間も荒鹿の眼を瞠り
賑やかに別れてきたる冬の月
巣をつくる雀遊んでゐる雀
湖岸まで一気に下る青芒
枯菊を今日こそ焚けといふ日和
みな用を持ちて歩ける日の盛り
向き合へる狛犬の間を秋の風
鐘鳴つて蓑虫三寸ほど下がる
松過ぎの鹿塵箱を覆す
ありし寺の大きさ思ひ春の草
預けたる子を受取りに夕桜
若布干しあとより捩れ直す妻
飾られて刀身くもる花の冷
風薫る回転木馬とまるとき
湖岸まで一燈もなし落し水
能面の少し口開け春蚊出づ
屑籠の空つぽ展望台の冬
知らん顔してゐる母へ水鉄砲 冬
晴や天啓ありて稿すすむ
松過ぎの工場全燈よみがへる
桜散るふだんは人の来ぬところ
ばら垣を透けて見えゐる声の主
一と笛で騒ぎおさまり運動会
苅田見て来て横書きの原稿紙
見なれたる山容にして初茜
冬浪が襲ひ軍艦浮沈岩
歩きながら少し話さう夜の秋
蔓引くや何かが逃げてゆきし音
ガラス戸の外はあたたかさうなれど
さすが米どころ青田の涯知れず
雨音のはたとやみたる五月闇
瀧茶屋の横よりなほも登る道
何をもて君はげまさん龍の玉
煤逃げの入りたる店の煤払
榾放り込まれたちまち火にまみれ
春隣観音像のあそび足
入院の本人は夏風邪といふ
通行止め霧の一条戻り橋
繋がれしまま朽ち舟の夏終る