《古書・古本の出張買取》 ロバの本屋・全適堂 の日記
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『漱石俳句集』(岩波文庫)より
2017.04.21
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思ふ事ただ一筋に乙鳥(つばめ)かな
叩かれて昼の蚊を吐く木魚哉
うつむいて膝にだきつく寒哉
日は永し三十三間堂長し
物草の太郎の上や揚雲雀
限りなき春の風なり馬の上
一つすうと座敷を抜る蛍かな
滝に乙鳥突き当らんとしては返る
なあるほどこれは大きな涅槃像
菫ほどな小さき人に生れたし
前垂の赤きに包む土筆かな
濃(こまや)かに弥生の雲の流れけり
鳴きもせでぐさと刺す蚊や田原坂
若葉して手のひらほどの山の寺
麦を刈るあとを頻りに燕かな
落ちて来て露になるげな天の川
仏性は白き桔梗にこそあらめ
一尺の梅を座右に置く机
岩窟の羅漢どもこそ寒からめ
絶壁に木枯あたるひびきかな
冬木流す人は猿(ましら)の如くなり
払へども払へどもわが袖の雪
鞭(むちう)つて牛動かざる日永かな
秋の川真白な石を拾ひけり
安々と海鼠の如き子を生めり
日は落ちて海の底より暑かな
物いはぬ人と生れて打つ畠か