《古書・古本の出張買取》 ロバの本屋・全適堂 の日記
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加藤楸邨『句集 まぼろしの鹿』(思潮社)より
2022.07.31
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1967年。
「寒雷」主宰。第10句集。
乳児の声黴の中よりほとばしる
顎に汗怠けてゐるも楽ならず
薔薇の前牡丹の前と声かはる
薔薇見ては妻が詠む句をのぞきをり
柿出して巧みな論をぶちきりぬ
秋耕や牛のふぐりはきらきらと
雪を来て少女等の語尾舞ふごとし
きさらぎの路地曲りまた月に逢ふ
稲妻の後静かなる答あり
水盗む良心などは雲に問へ
雪がこひ牛の首出て一鳴す
汗の筋指で辿れば臍にあふ
炎天やもう汗の出ぬ老婆の顔
恋猫の皿舐めてすぐ鳴きにゆく
ごきぶり動くがまづ狙はれて殺されぬ
無数蟻ゆく一つぐらゐは遁走せよ
蓑虫や宙明るすぎ土暗すぎ
西瓜割る亡き子いつでも駈けてをり
蟻がくふ蛾がきらきらと円覚寺
我を出て声は野に去る秋の暮
亡き父の声喉を出づ昼寝ざめ
牡丹剪るすでに朝日は速度なし
雑巾となるまではわが古浴衣