《古書・古本の出張買取》 ロバの本屋・全適堂 の日記
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本に挟まれし様々な物・キンドルの年内発売
2012.04.15
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本の状態をチェックしていると、様々なものに出くわす。
押し花、自身や家族の古い写真、半券、鉛筆など栞代わりに使われたもの。
嵐山の歴史書には著者の名刺が挟まれてあり、肩書きが「嵯峨・嵐山愛好家」となっていたり。
一度は、住職が挟み込んだ開けられていないお布施の封筒がそのまま入っていたことも。
買取に伺ったお宅で、「この本棚のどこかにへそくりがあるはず」ということで、ご家族3人と私で片っ端から探したことがある。
私が見つけたので、大変感謝されたことがあった。
今回挟み込まれたものも面白い。
というより、本との組み合わせが。
知る人ぞ知る霞ヶ関書房の『ヒマラヤ聖者の生活探究』のセットに、宝くじの外れ券。
一般の人にとっては、怪しげな本で関わることはまずないだろう。
悟りという世界が一方にあり、もう一方に一攫千金の世界。
これはベクトルが真逆のように一見見える。
しかし、実はそうではない。
悟りは得るものではないから、得ようとしているものは悟りという「力」である。
で、一攫千金もまた金という「力」を欲している。
ともに実は同一の欲求であることは明らかだ。
オウム真理教の信者もまた、悟りや超能力といった「力」を得ようとした。
対象は何であれ、大方の人は「力」を求めている。
暴力団はそのまま腕っ節の強いのが「力」、腕っ節で劣る者は知の「力」を持とうとする。
「力」に対する価値観は違えど、根っこは変わらない。
それは向上心ではなく、現状の自己に対する劣等感と言えるだろう。
この所有者がそうであったかどうかは定かではない。
ただ、自然に展開すればそれが妥当なところかと思われる。
何度目の正直か、出る出ると言っていたアマゾンの電子書籍キンドルの日本版が、年内に発売されるとの発表があった。
http://www.asahi.com/business/update/0413/TKY201204130537.html
どれだけの出版社と合意に至っているのか不明だが、ほかの電子書籍はともかく、アマゾンが本格的にやってくればそれなりの規模であることは予想できる。
アマゾンの進出で電子書籍は飛躍的に伸びるだろう。
電子書籍を否定する気はないし、キンドルが発売すれば買って試してみようと思っている。
最新のキンドルファイアではなさそうなので、それが残念ではあるが。
当然ながら、宝くじの券は挟めないし挟む必要もない。
本を売る段にとっては致命的だが、線引きや書込みなど機能的にはまだまだのようだ。
紙のよさは沢山ある。
物質として存在するから本棚が必要となる。
本棚の役割はただ本を収納するだけでなく、本棚は脳の延長となっている点を重視したい。
見るとはなしに本棚を眺めていれば、自身の興味関心がフィードバックされる。
電子書籍のデータはいわば、ダンボールに詰められてしまわれた本のようなもの。
データを見てもフィードバック機能はほとんど働かない。
そういう点も含めて電子書籍が普及すれば紙のよさもまた新たに認識されるだろう。
比較もまた必要な作業である。
電子書籍によって出版業、新刊書店、古本屋の危機が言われているが、私自身はさほど心配していない。
