《古書・古本の出張買取》 ロバの本屋・全適堂 の日記
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あがらずに話す
2012.11.20
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コンビニの書籍売場を眺めていると、流行がよくわかる。
書店は売れ筋の本ばかりでなく、ニッチな専門書もあったりするが、コンビにではいかに売れるものを置くかだけを最優先させるので、露骨に人びとの欲望の対象がよくわかる。
金儲けやダイエットは昔からの定番だが、最近目に付くのが、あがらずに話す類の本だ。
新聞広告ではあがらないお茶まで売られていたので、それなりにブームなのかも知れない。
周りでもあがる話がたびたび聞かれたので、本2冊をその場で買った。
・森下裕道『一対一でも、大勢でも人前であがらずに話す技法』大和書房
・麻生けんたろう(初めてでもあがらない話し方研究会代表)『「しゃべる」技術」』WAVE出版
2冊ともすぐに読める。
森下氏の本のほうがあがる仕組みや対処についてしっかり書かれてあるので、そちらを紹介しよう。
この本の要点はただ1つ。
あがるのは見られている意識があるからだ、ということ。
当たり前だというかもしれないが、そこを転換して見られるから見るに変えないとあがりは止まらない。
面接官が緊張しないのは見ているからだ。
面接官が面接官の立場を離れ、人前に出るとあがるかもしれない。
見る意識ではあがらない。見られる意識ではあがる。
もちろん実際に見られてはいるのだが、見る、より正確には観るようにならなくてはならないとする。
あがるからといって、なるだけ観客を見ないようにすれば、視線を想像してよりあがってしまう。
面白いトレーニングがあったので紹介したい。
映画館で上映の直前にスクリーンの前に立ち、知り合いを探しているふりをしながら観客をじっくり眺めるというもの。
お連れがいるなら1つ芝居を手伝ってもらって席で手を振ってもらってもいい。
一通り眺めたあとで、気づいたふりをして席に着く。
これは簡単に大勢の前に出て、人から注目されながらも人を観る実にすぐれた訓練である。
また、あがる恐怖は3分の1に減らすことができるとする。
現在の緊張だけで十分なはずが、過去に笑われたことあるといった過去を思い出しての恐怖、失敗するのではないかといった未来への恐怖、この過去と未来は自分で勝手に作り上げたもので本来必要のないものである、と。
たしかにそうである。道元の「前後際断」のように今だけがあれば、それほどあがることはないはずだ。
対症療法の手のひらのツボなど対症療法も書かれているが、見られるから見るへと意識を転換させること、呑まれるのではなく呑む。それができれば苦労はないと言うなかれ。
私自身は人前で話すことは現在ほとんどない。
だが中学のとき、国語教師に言われ市内の弁論大会に、英語教師に言われ英語の暗唱大会にと、大勢の前で話す機会があったが、その頃から緊張はすれどあがることはあまりなかったように思う。
人に感銘を与える話し方が出来るかどうかはともかく、今はスピーチの神に降りてきてもらうのだと言っている。
スピーチの神がスピーチ上手かはともかく、私が話すのではなく、それに話してもらう。
これなら見るも見られるもない。
自分にできることはスピーチの神が自分を上手に使えるように邪魔しないことくらいだろうか。
朗読をするときでも同じ。朗読の神、もしくは著者にしゃべってもらうつもりで。
ただ、繰り返すが神だからと言って上手なわけではない。
なんにせよ、問題は恐怖である。
あがり克服には場慣れだと言われたりもするが、場慣れすれば見られるから見るに変わりやすい、それだけだ。
しかし慣れはどうでもいいという意識も起こさせる。
この話を大切だという意識がなければ、どうでもいいと思っていればあがることはもちろんない。
だから立て板に水よりおどおどしながらも一生懸命話す人のほうが伝わることもある。
恐怖を理解すれば、前面に出てくるのは伝えようとするものそれ自身となる。
自分はそこではどうでもいいのだから。
ちなみに、同じコンビニで『はじめての禅』『図解 武将・剣豪と日本刀』の2冊も買った。
禅関係は断捨離ブームに相俟って興味を持つ人がいるのかもしれない。歴史好きはかなりの割合でいるが、この本は日本刀の歴史や構造についてわかりやすく書かれていたので手に入れた。