《古書・古本の出張買取》 ロバの本屋・全適堂 | 日記 | 馬・刀・音・本・禅 東京にて

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《古書・古本の出張買取》 ロバの本屋・全適堂 の日記

馬・刀・音・本・禅 東京にて

2013.01.28

昭和55年に亡くなった剣豪小説家でありながら、スーパーオーディオマニアとして著名であった五味康祐氏のオーディオセットが今も東京で聴けるという。今回ですでに16回目。
定員の5倍の応募があったそうだが幸いにも抽選に当る。
レコードなど本当に一部の人間しか聴いていない現代において、これだけの応募があるとはさすが東京だ。

・馬
コンサートが午後からなので、午前はビジターで馬に乗る予定をしていた。
参宮橋で下車してすぐの好立地にある東京乗馬倶楽部。
ところが着いてみて、馬場が凍っているので午前中は休場するのこと。
仕方なく隣のポニー公園で全然反応しない無愛想なポニーを触り、明治神宮に寄るも人だかりですぐに戻る。


・刀
駅の看板に「刀剣博物館」の標識を発見。
馬に乗れないので刀を見に行く。
いろいろな刀を眺めていて自分の好みがわかってくる。
刀身は細見、反りはきつくなく上品、切っ先も控えめ、刃文は直刃(すぐは)。
時代によって刀の様式が異なり、これらの条件が当てはまるのは平安貴族が所持していたもの。
実用ならがっしりしたもののほうが打撃力もあり有効だが、美術品として優れている。用の美ではない。


・音
皮肉にも馬の練習できずに練馬へ。
レコードコンサートは練馬区役所の税務課を通り抜け、会議室で行われている。
部屋の広さは五味氏の部屋と同じくらいだそうだ。
五味氏が昭和55年に亡くなり、さらに娘さんが亡くなるまで15年ほど地下で放っておかれていたらしい。
ゆえに音質もひどかったようで今はメンテナンスをしっかりして復活途上にある。
五味氏といえばタンノイのオートグラフのスピーカー。マッキントッシュの真空管アンプなどのセットがどういう音を鳴らしてくれるか。(写真)
聴衆は20名ほど。

今回のテーマは「民族と音楽」。
コダーイやヤナーチェク、グラナドスといったあまり有名でないところから、ヴェルディ、ショパン、スメタナといった有名どころまで民族音楽を使った、もしくは底流にしっかり流れている曲を聴いた。
最初のコダーイ「ハーリ・ヤーノシュ」では高音がきつすぎて聴くのがしんどいこともあった。
ジュリーニ指揮のヴェルディ「レクイエム~怒りの日」が音質も安定してもっとも楽しめた。
娘の由玞子氏も述べていたように主がいなくなればもうその音は出ない。
五味氏も人間の生活、部屋が音を作り出すと述べている。機械はもちろん大切だが、所有者がもっとも音を左右する。だから僕たちは機械の調子がまだまだでも、五味氏という人物の残り香を聴いているということになる。縁を見出そうとしているのだ。

五味康祐という冠をかぶせているので、聴きに来る人は五味氏に興味がある人がほとんどだろう。
年齢層もやはりずいぶん高かった。
しかし、レコードというもののよさを伝える試みとしてこういう催しがあればとつくづく感じる。


・本
江戸川橋で降りて「印刷博物館」へ。
「世界のブックデザイン展」が催されている。

ドイツの商業都市ライプツィヒで毎年開催される「世界で最も美しい本コンクール」の受賞作などが手にとって見れる。
たしかにおもしろいものもあったが、地階にある印刷の歴史を伝える常設展示のほうが圧倒的に迫ってくる。
文字を刻んだ石版からグーテンベルクを経て現代に至るその長い年月に残されたものから見れば、現代のデザインなどは小手先の遊びにしか見えない。
活字というが、現代の印刷はもう活字ではない。活版印刷ではないからだ。ルターの聖書なんかはまさにザ・活字。
ただ、残るものがいいともかぎらない。残らなくてもよいものはある。現代と過去、それぞれを往還しながら創造の営みを見ていくのは楽しい。

ちなみに、ここにはトッパンホールというクラシックコンサート用のホールも併設されていた。
機会があれば聴いてみたい。


・禅
渋谷のbunkamuraにて「白隠展」を鑑賞。
スクランブル交差点でくらくらしながらたどり着く。
臨済宗の中興の祖と言われる白隠の書画が展示されてある。
ほとんどマンガの世界。禅宗の坊さんだけあって食えないじいさんである。

「常」という字がやたら大きかったりするのが禅らしい。
「暫時不在如同死人」常にいま、ここにいなければ死人も同然だということ。
その意味で言えば、渋谷の人ごみは活気のある死人だらけ。


最終で京都へ。
駅からも歩いて帰路に着く。
携帯の万歩計を見たら1日で3万歩ほど歩いていた。

夜中にうちのカフェに寄り、ベートーヴェンのピアノソナタ第32番をかける。
五味さんの最後に聴いた曲、バックハウスのおそらく同演奏とケンプが弾いたもの、それぞれを聴く。というより五味さんに聴かせている。鎮魂。まさに音楽とは鎮魂。常を感じさせるもの。
クラシックが敷居が低くなり、おしゃれなものとして捉えるといった傾向とはまったく無縁である。
聴衆が二手に分かれるなら両者は交わることは決してない。敷居はもっと高くしてもいいくらいだ。経済を度外視できるのであれば。

新幹線の中で読了した本、茂木健一郎・甲野善紀共著『響きあう脳と身体』(バジリコ)。
養老孟司の序文「二人で”バカの壁”の取扱説明書を書いてもらった」という表現がしっくりくる。
すばらしい好著である。
単純さの中の複雑さを開発し、動かしていくことの必要性が述べられている。もっと簡単に言えば「脳も身体もやわらかく」。

東京の電車で皮のブックカバーを持っている人を見かけた。いとうれし。

馬・刀・音・本・禅 東京にて

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